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ジョン・レノンのいない世界で - NHK NEWS WEB

ジョン・レノンのいない世界で
「僕を夢想家だと思うかも知れない/だけど僕は1人ではないはずさ/いつの日かきみも仲間に加わって/世界はきっとひとつになる」

今も世界中で歌い継がれる、ジョン・レノン「イマジン」の一節です。1980年12月8日。ジョン・レノンは自宅前で凶弾に倒れ、40歳でこの世を去りました。それから40年。“愛と平和”を唱え、社会の不正義に抗ったジョンの歌は、無慈悲なテロ行為に傷つく人々の間で、分断が進む社会の中で、コロナ禍で孤立する世界の片隅で、繰り返し歌い継がれています。ジョンが生きた時間と同じ年月が過ぎた40年後の社会でその歌はどのように響いているのでしょうか。息子のショーン・レノンさん、そしてジョン・レノンを“原点”と語る音楽家の小林武史さんへのインタビューを交えて紹介します。
※一部敬称略
(科学文化部記者・河合哲朗 アメリカ総局記者・及川利文)

没後40年 ジョンへの追悼は今も

東京・港区で開催されているジョン・レノンとオノ・ヨーコさんの展覧会。2人の歩みをたどり、“愛と平和”のメッセージに触れようと世代を超える大勢のファンが訪れています。

命日にあたる12月8日に会場に設けられた献花台は色とりどりの花束であふれました。来館者のメッセージブックにはこんなことばが書かれています。

「今、生きていたら、どんな曲を作ってくれたでしょうか」

献花した女性
「40年もたったのかとも思いますが、メッセージは1つも色あせません。今も“WAR IS OVER”と言える世界にはなっていないし、『イマジン』で歌われた願いはかなっていません。いつかそれをかなえて、ジョンやヨーコさんと喜びを分かち合える日が来ることを願っています」

2人が暮らしたアメリカ・ニューヨークでは、毎年命日になると、生前のジョンが家族との散歩を楽しんでいたセントラルパークの一角「ストロベリー・フィールズ」にファンが集まり、ほぼ1日を通してジョンの残した楽曲を歌う姿が見られます。

コロナ禍に見舞われたことしはオンラインで多くの追悼イベントが企画され、ジョンの歌を披露し合うイベントやニューヨークのゆかりの地を紹介するオンラインツアーなどが開かれました。

ジョン・レノンのメッセージは、なぜ今も多くの人々をひきつけるのでしょうか。

栄光と決別して「愛」を信じる

「ビートルズだって信じない/僕は自分だけを信じる/ヨーコと僕/それだけが現実なんだ」
ザ・ビートルズ解散後に初めてジョンが発表したソロアルバム『ジョンの魂』(1970年)に収められた「ゴッド(神)」の一節です。

過去と決別し信念を持って行動しようというジョンの決意が表れています。

音楽プロデューサーの小林武史さんは小学5年生の時、初めて小遣いをためて買ったレコードがこのアルバムだったといいます。

ビートルズのときのイメージからは一転し、幼少期からの心の傷やスターとして抱える孤独感など内面をさらけ出したその音楽性に大きなショックを受けました。

小林武史さん
「同時に買ったビートルズのラストアルバム『レット・イット・ビー』には、特にポール・マッカートニーによる愛らしいポップチューンがありましたが、『ジョンの魂』の方はスピリチュアルな印象で“怖い”という感覚さえありました。メインストリームに対して“オルタナティブ”ということばがありますが、まさに“オルタナティブ”な何かをジョンから感じたんだと思います」

かつての栄光に寄りかかることを捨てたジョンが信じたのは、妻である前衛芸術家、オノ・ヨーコさんの存在でした。

1969年に結婚した2人は互いの芸術を尊重しながらいつも行動を共にし、楽曲も共作しました。一方、2人の“一心同体”の行動は周囲やそれまでのファンからも非難を浴びせられるものでもあったと、息子のショーン・レノンさんは言います。

ショーン・レノンさん
「人種の異なるカップルが赤ちゃんを生むことは、当時はまだ物議を醸していましたし、有名なスターである父が、巨大なポップスの成功を手放してまで前衛芸術家に恋をするなんていうのはあまりに過激だとされました」

ショーンさんは、多くの障壁を乗り越えた2人の歩みは時代を超えて意味を持つものだとも感じています。

「周りは、母が父を政治に巻き込んだんじゃないかなどといぶかりましたが、2人はただ同じ考えのもとにあったんです。いちばん重要なことは2人がおとぎ話やシェイクスピア劇のように、ふつうの関係性を超えたかたちで互いを心から愛したことだと思います。父は『ジョンとヨーコ』が1つのことばであることを望み、『1人』の存在としてとらえていました。人種も性別もすべてを越えることです。彼らが出会った60年代と比べて今では男女の不平等や人種差別が許されないという考え方も大きく進歩しましたが、さまざまな違いを乗り越えた『ジョンとヨーコ』の物語は、今また重要になっていると思います」

ジョンが生んだ“平和への共振”

この時代、ジョン・レノンが世界に発信し続けたのが、平和のメッセージです。

「平和を我等に」や「イマジン」、「ハッピー・クリスマス(戦争は終った)」などの曲はベトナム戦争の激化という時代背景の中で生まれた歌ですが、時代が変わった現在でも平和を願う世界中の人々のテーマソングとなっています。

こうした歌にジョンが込めたメッセージには「あなたはどうする?」と聞き手に問いかけるものが多くあります。「イマジン」では「想像してごらん」と繰り返し語りかけ、聞く人自身に平和のイメージを描くことを促します。

「ハッピー・クリスマス」で叫ぶ「戦争は終わる(War is over)」という願いは「あなたがそれを望むなら(if you want it)」ということばによって、自分たちでつかみ取るものだと気づかせます。

小林武史さんは、こうしたメッセージの伝え方に人間の可能性を信じようとした姿があるといいます。

小林武史さん
「ジョンは人間は変わりうるんだという“道”や“光”みたいなものを信じていたと思いますし、一方でそれはひとりひとりが変わっていくことでしか生まれないとも思っていたと感じます。『それぞれが考えられるはずだ』『進むべき道を選んで扉を開けていけるはずだ』ということを押しつけるのではなくて、ひとりひとりの変化をいざなうように“共振する”という伝え方をしたんじゃないでしょうか」

40年後の世界に響く ジョンの歌

ジョンのメッセージは40年後の私たちにも“共振”を生んでいます。

アメリカ大統領選挙の直後、1つの動画がジョン・レノンの公式ツイッター上で紹介されました。ニューヨーク・マンハッタン中心部にあるワシントン・スクエア・パークで大勢の人々が「イマジン」を歌う動画です。歌詞の最後の1節「世界はきっとひとつになる」ということばが響くと、あたり一面から大きな歓声と拍手がわき上がりました。

このとき人々の輪の中心でピアノを弾いていたアンドリュー・カリーンさん(36)。

ストリート・ミュージシャンとして毎週この場所でピアノを演奏していたカリーンさんは、しだいに周囲から1人、2人と歌声が加わり、気づけば大合唱になっていたといいます。

「イマジン」を演奏した理由についてカリーンさんはこう話します。

「多くの人が、バイデン氏が勝利したことよりもトランプ大統領を打ち負かしたことを喜んでいるように感じたんです。それは悲しいことですし結果に不満を抱く人たちに苦痛を与えることにもなります。それでは右と左に分断された社会の溝が深まるばかりです。みんなでひとつになろう、その思いを伝えようとしたんです」

アメリカでは社会の分断が深まり、意見の異なる人たちが対話することも難しくなっていると言われています。カリーンさんは、考えの似た者どうしで集まることに居心地がよくなり、他者を理解しようと思えない人が増えていると感じています。

「これからのアメリカ社会はどうなっていくと思いますか?」
記者の質問に、カリーンさんは少してれくさそうにしながら「イマジン」の歌詞を引用して言いました。

カリーンさん
「夢想家だって言われるかもしれないけど、いつか僕たちはひとつになれると信じているんです。僕にできるのは音楽を通してみんなにメッセージを送ること。これからもずっとジョン・レノンの曲を演奏し続けます」

ジョンのいない世界で

ジョン・レノンが“原点”だという小林武史さん。

現代を代表するヒットメーカーである一方、長年、環境問題への意識を高める活動にも取り組んでいますが、ここにもジョンの姿勢から学んだことがあると打ち明けました。

小林武史さん
「ジョン・レノンがいなかったら僕はたぶんこういうことはやっていなかったと思いますね。平和の大切さも思うし、分断をなくしていく必要性も本当に感じますし、自分たちで自治していける未来のあり方も、周りにバカじゃないのと思われるかも知れないけど、自分のやるべき営みとしてやっていきたいです。やっぱりジョンは、社会が当たり前だということをどこか当たり前と思えなかったんだと思うんです。そうしたカウンター的な姿勢を大切にしなければいけないということは今も強く思いますし、これからも僕の中では消えることはありません」

時代を超えても古びない、ジョン・レノンが残したメッセージ。

いまの時代ならジョンはどんなことを訴えるでしょうか?

息子のショーン・レノンさんは、いま改めて、父が残した「イマジン」のメッセージを受け止めてほしいと考えています。

ショーン・レノンさん
「父は常に少しでもよくなろうと変化し続けた人なので、今の時代を見たら、かつてとはまた違うことを考えたと思います。世界はとても複雑で、悪くなってしまったこともあれば、よくなったことも多くあります。『イマジン』はそういう人類の可能性を信じさせてくれる曲です。私たちにできることなんて限られていると考えてしまいがちですが、まだまだよくしていけるんだということ、大きく夢見ることが大事だということをいつも思い起こさせてくれます。世界には多くの苦難がありますが前向きなことも起きていることを忘れてはいけません。父の音楽とメッセージを世界に残していくことは私にとって重要なことです。音楽が好きだからとか自分の父であるからというだけでなく、その平和と真実のメッセージは今も、誰にとっても大切だと思うんです」

科学文化部記者
河合哲朗

アメリカ総局記者
及川利文

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